東京地方裁判所 平成元年(ワ)10556号 判決 1992年2月28日
原告
笹尾弘
ほか一名
被告
山田雅人
ほか一名
主文
一 被告らは、原告笹尾弘に対し、各自一〇四九万九四六〇円及びこれに対する平成元年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告笹尾弘のその余の請求、及び原告株式会社富士見工業の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用のうち、原告笹尾弘と被告らとの間に生じた分はこれを三分し、その二を同原告の、その余を被告らの負担とし、原告株式会社富士見工業と被告らとの間に生じた分は原告株式会社富士見工業の負担とする。
四 この判決は、原告笹尾弘勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告らは、原告笹尾に対し、各自五二一八万三三四二円及びこれに対する平成元年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、原告富士見工業に対し、各自九二万九〇〇〇円及びこれに対する平成元年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告山貞が所有する普通貨物自動車(加害車)の運転手である被告山田が、加害車のブレーキを十分に掛けずに傾斜地に停車させたため、加害車が暴走し、原告笹尾に衝突して負傷させたことから、原告笹尾及び同人が実質的に経営する原告富士見工業から、自賠法三条及び民法七〇九条により、損害賠償を請求した事案である。
一 当事者間に争いのない事実
1 事故の発生(以下、この事故を「本件事故」という。)
(一) 日時 昭和六〇年四月一日午後五時一五分ころ
(二) 場所 東京都板橋区三園一丁目四一番地先路上(以下、「本件路上」という。)
(三) 加害車 普通貨物自動車(第足立四五ぬ四八四六)
右運転者 被告山田
(四) 被害者 原告笹尾
(五) 態様 本件路上で原告笹尾が道路工事中、道路の反対側にある坂本材木店の敷地内に駐車中の加害車が無人のままで走り出して原告笹尾に衝突した。
2 被告山貞の責任原因(自賠法三条)
被告山貞は、加害車を所有し、被告山田に運転させて自己のために運行の用に供していた。
3 原告笹尾は本件事故により、骨盤・右大腿骨の骨折、膀胱破裂の傷害を受け、入院一一五日、通院期間六五四日(実通院日数一六日)を要した。
二 争点
争点は、被告山田の過失、被告山貞の責任及び原告らの損害である。
第三争点に対する判断
一 被告山田の過失について
証拠(甲一の2ないし4、6ないし11、二の2、一六の3ないし5、原告笹尾)によると、本件事故は、東京都板橋区三園一丁目四四番坂本材木店敷地内の一〇〇分の一八の下り勾配となつている部分に加害車を駐車させて、同車から木材の荷下し作業をしていたのであるが、同所は下り勾配となつているうえ、荷下しの振動により同車が自然発進する危険があつたのであるから、運転者である被告山田としては、サイドブレーキを確実に操作し、車止めを設置し、あるいはこれらが不十分な場合に備えてギアを後退に入れる等して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠つたまま加害車から離れた結果、加害車を暴走させて生じたものであることを認めることができる。
右事実によると、被告山田は、民法七〇九条により原告らに生じた損害を賠償する責任がある。
二 被告山貞の責任
証拠(甲一の2、9)によると、被告山貞は、同山田を使用し、その業務の執行中に本件事故を発生させたのであるから、被告山貞は民法七一五条一項により、原告富士見工業に生じた損害を賠償すべき責任がある。
三 原告笹尾の損害
1 医療費 八万八一八〇円
証拠(乙一一、一二、原告笹尾)によると、被告らは原告笹尾の入院中の治療費は支払つたが通院分の治療費八万八一八〇円は未だ支払つていない事を認めることができるので、右額が損害となる。
なお、証拠(甲八の1ないし30、九の1、2)中には右額を超える治療費の記載があるが、この記載のみでは損害と認めることができない。
2 付添い看護費 〇円
原告笹尾は、同人の入院中妻が付添つたとして付添い費を請求する。
証拠(原告笹尾)によると、原告笹尾の入院した帝京大学医学部附属病院は完全看護であること、同被告は他人による身の回りの世話を嫌い妻に付添つて貰つたこと、を認めることができ、このような付添い費用は本件事故と相当因果関係を認めることはできない。従つて、この請求は理由がない。
3 入院付添い人交通費 〇円
右のとおり、近親者の付添いは認められないのであるから、それに要した交通費もまた損害と認めることはできない。
4 家政婦料 〇円
右のとおり、近親者の付添いは認められないのであるから、これを認められることを前提とする右請求は理由はない。
5 入院雑費 一三万八〇〇〇円
証拠(甲八の1ないし30、九の1及び2、原告笹尾)によると、原告笹尾は帝京大学医学部附属病院入院中、入院雑費として相当額を支出したことを認めることができるところ、本件事故と相当因果関係のある入院雑費は一日当たり一二〇〇円と認めることが相当であるので、入院期間では右額となる。
6 医師等への謝礼 一二万〇〇〇〇円
証拠(甲八の1ないし30、九の1及び2、原告笹尾)によると、原告笹尾は、献血に来てくれた人や医師、看護婦、ヘルパー等に対する謝礼として相当額を支出したと認められるところ、本件事故と相当因果関係のあると認められる謝礼は一二万円とすることが相当である。
7 衣料品代 〇円
原告笹尾は、入院中の寝巻やリハビリ用のトレーニングウエア等を購入し、相当額を支出したとして、その費用を請求する。しかしながら、この費用は入院雑費中に含まれるものと解することが相当であるので、独立して請求することはできない。
8 通院交通費 一万六〇〇〇円
証拠(甲八の1ないし30、九の1及び2、原告笹尾)によると、原告笹尾は帝京大学医学部附属病院に通院するに当たりタクシーを利用し、相当額を支出したこと、一往復当たり一〇〇〇円前後であることが多いと認めることができるので、一往復当たり一〇〇〇円として通院回数一六回では一万六〇〇〇円となる。
9 休業損害 一三〇六万八〇〇〇円
証拠(甲一の5、6、二の3、4、三、六、七、一三の1ないし6、乙二ないし六、原告笹尾)によると、原告笹尾は本件事故当時月収七二万六〇〇〇円の支払いを得ていたこと、原告笹尾は本件事故により、昭和六一年四月末迄の一三箇月間は全く就労できず、その後一〇箇月間は半分程度の就労は可能であつたと認められるので、これにより算定すると休業損害は一三〇六万八〇〇〇円となる。
10 逸失利益 五三六万九二八〇円
原告笹尾は、本件事故による後遺障害として腸管癒着症による便通異常(自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表〔以下、「等級表」という。〕一一級相当)、右大腿骨変形(等級表一二級相当)、左大腿骨内側知覚鈍麻(等級表一二級相当)等が残り、労働能力の二七パーセントを喪失したと主張する。他方、被告らは、自賠責保険調査事務所により、右大腿側面の手術瘢痕につき等級表一四級五号と認定されたが、腹部の瘢痕、右大腿骨変形、排便回数の増加など腹部臓器の障害については非該当と認定されたのであるから労働能力は喪失していない旨主張する。
証拠(甲三ないし五、一二、一三の一ないし6、一四、一五の1ないし3、乙一の1ないし3、七ないし一〇、証人榊原壤、原告笹尾)によると、原告笹尾は、昭和一九年一二月三日生まれで、本件事故当時、満四〇歳の健康な男子であり、水道施設工事、舗装工事等を目的とする原告富士見工業(資本金二〇〇万円、従業員一〇名位)の専務取締役として、代表取締役である父親笹尾保男に代わつて工事の受注交渉、現場における指揮監督、タイガー(ユンボ)の運転等の現場作業等同社の業務全般を行い、月額七二万六〇〇〇円の支払いを得ていたこと、原告笹尾は本件口頭弁論終結時には原告富士見工業から月額九五万円の支払いを得ていたこと、原告笹尾の本件事故による負傷は昭和六二年四月二八日に症状固定となつたが、後遺障害として、両腸骨前上部圧痛、右大腿骨折部に寒気による疼痛、腹部臓器の癒着によると推測される腹鳴及び便通回数の増加、レントゲン写真で判る程度の右大腿骨の変形(但し、下肢長は同じ。)、右大腿部側面の茶色色素沈着の手術瘢痕(幅三センチメートル、長さ二〇センチメートル)、腹部瘢痕(幅一センチメートル、長さ合計三七センチメートル、一部に茶色色素沈着の沈着がある。)、右手甲の瘢痕、左大腿部内側知覚鈍麻、左仙腸関節強直、が認められ、しかも、前掲各証拠により認められる原告富士見工業の決算状況、笹尾保男の収入額、従業員六名の収入額等によると、原告笹尾の右収入に占める労務対価部分は約七割である月額五〇万円とすることが相当である。
右認定による原告笹尾の後遺障害の内容・程度と同原告の労務内容とを考慮すると、同原告は右収入を挙げるに当たり本件事故前に比べて相当程度の努力をしていることが認められるところ、その割合は労働能力の七パーセントと認めることが相当であるので、満六七歳迄の間について事故時の現価を算定すると、五三六万九二八〇円となる。
(算式) 500,000円×12×7%×(14.643-1.859)=536万9280円
11 慰謝料 七〇〇万〇〇〇〇円
本件事故の態様、原告笹尾の傷害の内容・程度、治療期間・経過、後遺障害の内容・程度、その他本件審理に現れた一切の事情を総合して考慮すると、原告笹尾の受けた精神的苦痛を慰謝するには七〇〇万円とすることが相当である。
12 損害の填補と残存損害額
以上の損害を合計すると二五七九万九四六〇円となり、原告笹尾の自認する填補額一五三〇万円(被告らの治療費を除く既払い額一六〇〇万円を認める証拠はない。)を控除すると、残存する損害額は一〇四九万九四六〇円となる。
四 原告富士見工業の損害 〇円
原告富士見工業は水道工事を主たる業務とする会社であるところ、水道工事には掘削機であるタイガーの使用が欠かせないのであるが、同社ではタイガーの運転免許取得者が原告笹尾のみであるため、同人が復職する迄の間三一回にわたり免許者を有するリース業者からタイガーを借り、九二万九〇〇〇円を支出したと主張する。
事業の経営者は、通常、事業に従事する者が不時の災害を受けても営業に支障を生じないように、予め有資格者の養成等の対策を講じておくべきものであり、このようなことは継続的事業を行う経営者の責任であるというべきものであり、経営者がその対応策を怠つた結果事業上の損害を生じたとしても、このような損害は一般に通常予見可能な損害と認めることはできないところ、証拠(甲一〇の1ないし17、一一の1ないし16、原告笹尾)によると、原告富士見工業においては、タイガーの運転資格を有する者は原告笹尾のみであり、同原告がタイガーの運転に従事できなかつた間、株式会社四百リースから運転手付でタイガーを借りたことを認めることができるけれども、被告らにおいて原告富士見工業が代替要員を育成していなかつた事を予見していた事を認めることはできず、従つて、その支払い額を損害と認めることはできない。
五 結論
以上のとおり、原告笹尾の被告らに対する請求は、各自一〇四九万九四六〇円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である平成元年八月二七日から支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるので認容し、その余の請求及び原告富士見工業の被告らに対する請求はいずれも失当であるので棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して主文の通り判決する。
(裁判官 長久保守夫)